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更新日 2018-08-29 | 作成日 2018-07-27

第4回鑑賞教育フォーラム

現代アートの鑑賞から学ぶ、
表現へのアプローチⅡ

 中学生が現代アートに触れたら?…鑑賞から表現へ

鈴木 斉(ひとし)

東京都羽村市立羽村第三中学校

まえおき

『いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。
もし愛する人がいたら、その美しさやそのときの気持ちをどんな風に伝えるか?って』

『写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな』

『その人はこう言ったんだ。
 自分が変わっていくことだって・・・・

その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって』


これは、写真家、故星野道夫の著書『旅をする木』の中の『もうひとつの時間』というエッセーに出てくる、アラスカの氷河の上で野営している時の作者と友人との会話である。

そこには、あえて感動を言葉として表現することよりも、絵画として残すことよりも、更に記録として他者に提示することよりも、深遠な意味を持った方策が語られている。

突然、自然の荘厳な美しさに包まれたり、心揺さぶられる映像や芸術作品と出合ったりしたときに、人間の心は大きく揺れ動き、新たな感受機能の芯がうまれ、時間とともにそれが成熟して、その人間の琴線の一部として定着し、更なる振動を呼び起こすのだろう。ものやこととの出会いには、常にこの作用が介在しているのではないだろうか。
日常の生活の中での美との出合いにも、さらに美術の時間の様々な作品との出合いや制作上の新たな発見の中にも、当然これらの作用が起こっていると考えられるわけで、鑑賞活動の究極的な最終目的地は、この『自分が変わっていくこと』といえるのだろう。

ここでは、現代アートの鑑賞活動を通して『自分が変わっていくこと』つまり、新たな価値観を獲得して自己変革し、新たな表現活動を生み出す中学生の姿を報告したい。

1.造形遊びと現代アート
現代アートの表現素材や表現方法の多様性と、アーティストそれぞれのコンセプチュアルな展開は、創作活動を通した自由な自己表現の世界の幅広さと奥深さを我々に示してくれる。しかしながら一部では、取っ付きにくい、こむずかしい、解りづらい、と評価されがちでもある。
はたして中学校段階の生徒たちにとって、現代アートとは分かりづらいものなのであろうか?
小学校図工科で、その表現活動の中心に『造形遊び』の展開が据えられ、様々な素材体験と、ダイナミックな表現活動を経験してきた生徒たちにとっての現代アートは、さほど遠い世界のものではないように思える。実はもっと身近で、表現の喜びを直感的に感じることのできる世界なのかもしれない。むずかしいコンセプトは別にしても、その表現素材と表現手段は、多くの『造形遊び』の題材として取り上げられてきたことからも、そのことは裏打ちされるだろう。
ここでは、『造形遊び』を体験してきた生徒たちにとって、その延長線上の造形表現を展開していく中学美術としての題材の開発と、新たな領域の鑑賞材料の開発という両面にかかわるものとして、『現代アート』の鑑賞をとらえ、そこから生まれた表現活動について紹介する。

●現代アートの鑑賞は、
   ・様々な作品の「よさ」や「美しさ」に気付き、
     様々な表現手段や主張を理解し、
       自己を表現するという行為の幅広さと面白さを、
         生徒が獲得するために有効な手段ではないか?

● 制作ビデオ入手~「妖精たちの森・ファーレ立川」
  翌年には、ファーレ立川の企画から作品制作・設置の様子を記録したビデオ
『妖精たちの森・ファーレ立川』を手に入れ、事後学習や事前学習として、活用を始めた。

● 事前学習として鑑賞
このビデオ鑑賞の授業を通して、次のような生徒の反応と変化が見られた。 

・アーティストの作品制作のコンセプトが理解できる・・・・へえー、なるほど!そういうこと?
・具体的な制作場面の様子に驚きの声・・・・・・早く本物を見てみたい! もっとたくさん!
・ファーレ立川の作品鑑賞に積極的な姿勢・・・・先生見てきたよ!すごかった !また行く!
・確認鑑賞になりはしないか?という不安の払拭・・・・・・事後よりも事前学習として活用
・他の作品に対しても作者の意図を探ろうとする姿勢・・・・あの作品って何訴えてるの?

生き生きとした生徒の写真報告書からは、友達と楽しそうに鑑賞している様子や、ビデオにはない多くの作品との出会いの様子、そしてそれらの作品の作者のコンセプトを探り出そうという言葉が表われていた。この予想以上の生徒の反応から考えられることとして、次のようなことが予想できる。

・作品を自ら探し出すという鑑賞形態・作品を発見するという鑑賞形態が、オリエンテーリングのような面白さと、わくわく感を生み出している。
・歩く・探す・見つける・触れる・体験する・考える・話し合うという能動的な行動が、興味・関心を増幅させている。
つまり、五感を使ったアクティブな鑑賞姿勢が、生徒たちの鑑賞活動に大きな影響を与えているのではないか、ということである。

●北川フラム氏のねらい
 北川フラム氏はファーレ立川について、『五感に語りかけるアートの街づくり』を心がけたと語っている。生徒たちはまさにこのコンセプトにぴったりとはまってしまった感がある。
事前学習のビデオ鑑賞から刺激された、『なぜここに? 何を表現? どうやってつくったの?』という疑問の山を持ち寄り、友達と家族と語りあいながら、それぞれの作品のコンセプト・素材・制作方法を探ろうとする探索姿勢と楽しみ方は、フラム氏のねらっていた通りのことだろう。
美術館という空間とは違う街中のオープンスペースの気安さと、作品に触れられたり、体験できたりしながら楽しむことのできる気安さが、これまでにはない新たな鑑賞環境を提供しているといえる。





3.生徒の反応から生まれた、夏休み後の鑑賞活動の継続
ファーレ立川の鑑賞で生徒の心に火のついた、現代アートへの理解と興味を継続させたいと考え、2000年夏以降、その年から始まり、同じ北川フラム氏の関っている現代アートの祭典『越後妻有アートトリエンナーレ』の鑑賞を導入した。
作品群の紹介とそれらの作者のコメントを聞くことのできるNHK日曜美術館の特集ビデオの鑑賞や、私の現地取材の画像を補助教材として、『越後妻有アートトリエンナーレ』のアートの世界に迫った。生徒たちは、世界中のアーティストの実に様々な表現活動を新たに目にしながら、最初は「こんなのがアートなの?」「でたらめみたい!」という否定的な反応を示しながらも、次第に「こんな表現してもいいんだ!」「おもしろそう!やってみたい!」という共感する感想へと眼に見えて変化していった。心の中で決め付けていたアートに対する固定観念が砕かれ、表現活動というものは『うまい、へた』でくくるものではなく『独創性を発揮し、個人の主張を自由に表わすものなのだ』と気付き始めるのだ。
鑑賞への積極的姿勢が、制作コンセプトへの興味と理解しようとする姿勢を引き出し、さらには自分たちも何かやってみたい!という表現することへの意欲をも生み出したといえる。
生徒に、『自己の主張や考えを、アートを通して表現する』という表現行為の面白さを体感させたい。きっと、日常生活と美術との距離感がもっと身近なものとなり、美術活動に取り組む姿勢にさらに変化が現れることに違いない。


4.越後妻有ビデオ鑑賞の感想から

3年A組38名の感想から(抜粋)
◎作者への共感、コンセプトの理解
●見るためのアートではなく、創っている作業の一つ一つもアートだと思う。
◆人それぞれによって、何を表現したいのかがまったく違うので、見れば見るほど個性がわかって
きて楽しかった。
●現代アートはすごく不思議、興味、きれいの三つを感じました。作者の試行錯誤して作ってるの
が良かった。
◆すごいなと思ったのもあれば、これがアートなのと思ったのもあった。作者の説明を聞くと、
納得するものがけっこうあった。
●現代アートとその前のアートの違いはいまいちよくわからないが、身をもって体験できるアート
は何もアートについて知らない人でも、興味を持ってくれると思う。絵のアートはその人が見た
ものや感じたものを描くけれど、今回のようなアートは発想や主張したいことを現している気が
した。
◆自由に自分の考えや主張を作品にすることって良いと思う。
◎発想への驚き、表現することへの魅力
●このビデオを見たら、ファーレ立川にあったもの全てがアートだなと思いました。もう一度立川
に行ったら、『これもアートかな』と色いろ思うと思います。
●あんなにいっぱい作品があるのに、全部違って、似ているものもなかった。『アート』っていって
も、色いろなアートがあることがわかった。みんな発想がすごいと思った。『Bed for 
the cold』とか、「これが作品?」って感じだったし、『日本に向けて北を定めよ』は
一番すごーいと思った。自分もあんなすごい発想をしてみたい。
◎アート(表現行為)に対する変化
◆作った人の説明を聞くと、その人の意図がわかって、現代アートもいいなーと思いました。
きっと特別なことじゃなくて、日常とか身近なことが現代アートの基本じゃないかなーと思いま
した。絵だけじゃなくて、こんなこともしてみたいです。
  自分の表現したいことが、表現できるようになったらいいな。
●なんかすごいと思っちゃう。みんな違う考え方だった。自分だけのすごい作品を創ってみたいと
思った。


5.美術部会研修・・越後妻有へ
 2006年8月末、西多摩美術部会では、『第三回大地の芸術祭、越後妻有アートトリエンナーレ2006』を訪ねた。
 これは、新潟県の妻有地方、十日町市を中心とする旧六市町村の広範囲な農山村地域を舞台に、3年ごとに開かれる現代アートの祭典である。世界中から集まった現代アートのアーティストたちは、『人間は自然に内包される』というメインテーマの下、森や田園風景や部落の中に制作した作品を設置し、鑑賞者に自然とアートとの関係性を主張してきた。地域の人々と、国際的に有名なアーティストたちとの協働制作もあり、つまりこれは、アートによる地域再生、国際交流、村おこし、地域文化の伝達、環境問題の考察といった、さまざまな要素を含んだ芸術祭なのである。
 西多摩美術部会では、8年前にも第一回の祭典の跡を訪ね、関係者からその詳細を聞き、作品鑑賞をした経緯がある。6名の西多摩美術部員で訪問し、多くの作品に直に触れ、画像に記録し、自然とアートという命題について議論を交わしながら、授業に関係付けられるような教材発掘を試みた。


その中でも、多くの地域で実践されていた、地元の部落の方々が制作に協力した作品は、その大きさや圧倒的な数の迫力とともに、共同制作の教材としての魅力と可能性を我々に伝えてくれた。また、世界中のアーティストの様々な着目点やその制作視点とコンセプトは、新たな発想の授業の展開と、教材開発の枠の拡大の可能性をも示唆してくれたように思う。この研修が、現代アートの鑑賞教材資料の充実にも寄与したのは、言うまでもない。

6、現代アートにかかわる授業
 先に述べたように、『現代アートの鑑賞は、表現するという行為の面白さを生徒に伝えるために有効な手段である』という視点から、前任校や羽村三中で、現代アートにかかわる授業の展開を進めてきた。その実践の流れを紹介してみたい。

⑴ 2年生での取り組み
●東京都現代美術館紹介ビデオの鑑賞
・・・はじめて知る現代アートの世界
●夏休みの美術館見学        
・・・美術館の中のアートとの出会い・・・・表現の世界の多様性に驚く機会

⑵ 3年生での取り組み
● 『ファーレ立川』制作ビデオの鑑賞
・・・多様な表現方法とコンセプトの重要性の理解
● 『ファーレ立川』ウォッチング
・・・現代アートを体感する場・パブリックアートとしての鑑賞
●2000越後妻有アートトリエンナーレのビデオ鑑賞
・・・NHK日曜美術館から・・・自然と調和する現代アート
●2006越後妻有アートトリエンナーレのビデオ鑑賞
・・・NHK日曜美術館から
●感想文・・・現代アートの理解
 ●『学校をアートで飾ろうプロジェクト』の展開・・・
現代アートの理解を基にした生徒の発想による環境デザインの実践。
以上のような題材との取り組みを、年間計画の中に盛り込み実践してきた。

7.鑑賞から表現へ
それまでも、行事ごとに体育大会の装飾や卒業式の大パネルなど、巨大な作品や取り組みには挑戦していたが、その体験と現代アートの鑑賞とをベースにして、更なるダイナミックな取り組みへの期待が生まれ、つぎのようなあらたな表現活動が実現した。

■五日市線へのメッセージ
校舎の前を通るJR五日市線の乗客へのメッセージを文字にして、校舎の窓にレタリングして掲示
  気持ちを言葉にする・・・美しく表示する・・・・三宅島噴火による避難民へのメッセージなど


多摩川アースアート
 環境教育との関わりを考えた、河原の自然物だけを使ったアースアート
現代アート・・・イギリスのアースアートからの学び



■学校を飾ろうプロジェクト
これまで学んできた表現方法や技法を駆使して、生徒の発想によって学校環境を装飾しようという企画と実践。校内の片隅を表現の場にする。
作品やプロジェクトの鑑賞を通して現代アートへの理解を深め、『表現する』という行為の面白
さに改めて気付き始めた生徒たちに、実際に表現する機会を設定してみた。

⑴『シルエットプロジェクト』の実践・・・3年選択美術での取り組み
   校舎の様々な壁面に、実物大の動きのあるリアルなシルエットを貼り付け、日常の生活の場に、驚きと楽しさに満ちた非日常的な空間を生み出した。


⑵スズランテープを使った体育祭の装飾・・・2年・3年の美術の授業
線織面の技法を活用して、『体育祭の会場を見渡す校舎の非常階段にテープを張り巡らせて模様を描く』という環境装飾のデザインとダイナミックな表現の実践。


⑶『学校をアートで飾ろうプロジェクト』・・・3年後期の美術授業
水玉アートプロジェクト・・・校内を水玉だらけにして装飾する
モダンテクニックの学習の作品を活用して

 ⑷『15歳のエナジー』の実践・・・3年卒業前の美術の授業
   巨大な黒い紙の上での、フィンガーペインティングによる共同制作。「15歳の鬱積したエネルギーを、画面の上に体を使って表現しよう」という試み。幅1m、長さ5.4mの画面を12枚制作し、各クラスの前の廊下の天井を飾った。

6.まとめ
現代アートの鑑賞活動を通して、生徒たちは様々なアーティストの表現の現場を垣間見ることができた。そこから、『自己の主張を持つことの重要性』、『それを表現することの喜び』、『多様な表現方法の容認』、などということを実感できたように思う。
様々な現代アートの表現の『よさ』や『美しさ』、『主張』に気付くことを出発点として、多様な表現材料や表現方法とを知り、それによって『上手く描く、上手く創る』を目標とするような観念の呪縛から開放された生徒たちには、『描けない、作れない』という境地から脱出できることによって、新たに『表現してみたい、伝えてみたい』という素朴な欲求が生まれた。
さらに、鑑賞から表現へと結びつく過程を通して、自己の作品に対する『よさ』や『美しさ』の探求心や自己主張の姿勢が芽生え、最終的に創作の喜びや充実感へと導かれるということを、これらの授業実践から感ずることができた。その意識変革は、生徒が今後の自己を創造し形成していく過程での、大きな力になると信じたい。それが『自己を表現することの喜びを知る術として、現代アートの世界を知ることが、中学生にとって有効な手段と成り得る』と結論付けられるか、今後も実践研究を続けたいと思う。現代アートの鑑賞から新たな価値観を獲得して自己変革し、最終的に『自分が変わっていくこと』に結びつくことを願いたいと考えるのである。