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更新日 2018-08-29 | 作成日 2018-07-27

第4回鑑賞教育フォーラム

幼児の鑑賞を知る
―保育者が行う幼児の鑑賞追体験―

鳥越亜矢

山陽学園短期大学幼児教育学科

Ⅰ 研究の経緯及び目的


 本学では10年ほど前から、幼児教育学科学生の作品展を附属幼稚園の園児が鑑賞する取り組みを続けている。その様子はビデオで記録して分析するほか、その記録映像や分析の成果は学生の教育に活用している。
 筆者が観察している園児の鑑賞では、実に多様な活動とかかわりが観察されている。それは、見る、真似る、歌を歌う、手遊びをする、触る、動かすといった作品とのかかわりや、幼稚園教諭と園児、園児同士の言葉のやり取りや、表情、態度、行動などの言葉以外のやりとりなどである。
 筆者はかつて、上野行一が対話型鑑賞におけるアメリア・アレナスのトークの働きを分析した「言語的18の働きと非言語的5つの働き」1)を園児の鑑賞の分析に用いたことがある。その結果、①幼児の鑑賞の進展と、対話型鑑賞のトークの進展が似ていること、②鑑賞中の園児に対する幼稚園教諭のかかわりと対話型鑑賞でのナビゲーターのかかわりにおいて、多数の共通点を見出した。2)また、筆者は2006年に岡山県立美術館で開催された特別展「mite!おかやま」において、一来館者として対話型鑑賞を実際に体験した。それは、黙って一人で鑑賞しているだけでは決して得られない発見や解釈が生まれ、それが見ず知らずの鑑賞者同士で共有されるという刺激的な体験であった。
この体験とこれまで幼児の鑑賞を観察してきて、筆者は幼児と保育者の鑑賞活動は対話を伴った鑑賞であり、そこでの幼児と保育者とのかかわりが、鑑賞者に対するナビゲーターのそれと酷似しているという実感をさらに強く持った。なぜなら、対話型鑑賞と、筆者が観察している幼児の鑑賞活動は、どちらも「自分」「作品(もの)」「他者」という三項関係であり、どちらの活動においてもそこで展開されているのは、三項間コミュニケーションだからである。しかし、対話型鑑賞と幼児の鑑賞との一番の違いは、コミュニケーションする相手との関係性である。前者が初対面の者同士であるのに対し、後者は園でいつも一緒にいる「先生」と「友だち」である。
 乳幼児期の言葉の発達の基盤として、「自分」「もの」「他者」の三項関係が出来上がる前に重要なことがある。それは、特定の人との関係成立である。3)その関係とは信頼関係である。子どもが信頼を寄せ安心してかかわることのできる「他者」とは、家庭では保護者であり、園では保育者といえよう。まずその人間関係があった上で、ものがそこに加わったときに三項関係が形成され、三項間コミュニケーションが展開されるのである。
三項間コミュニケーションにおけるやり取りは次のような特徴を持っている。
・相手の発言に対して、受け手がそれを受け入れたり同意を示す。
・相手の発言を繰り返したり、それに自分の言葉をプラスして言葉のキャッチボールが行われる。
・このキャッチボールによって、話題が展開したり深まったり、次の行動に発展していく。
このようなやりとりは、家庭生活や保育場面でごく普通にみられる。また、対話型鑑賞も同様であり、こうしたやりとりが基本となって鑑賞が進行していく。

 幼児にとって鑑賞とは、広い意味で「もの」や「他者」という「環境とかかわる活動」といえる。そして、自分の目の前にあるものに即応するという子どもの特性にかなった、「もの」を介して自分とかかわるという、幼児にとって極めて自然な活動だといえる。また、そこには保育者や友だちという心を許せる「他者」がいる。作品という「もの」を介して「他者」である保育者や友だちとかかわり、「他者」の行動や言葉を介して作品とかかわる、三項間コミュニケーション活動が展開される。そこでは幼児一人一人の「みる・感じる・考える・きく・はなす」力が発揮されるとともに、保育者や友だち同士のかかわりを通じて、集団でみたり、感じたり、考える活動となる。
一方保育者にとって幼児らと行う鑑賞とはどういった活動であろうか。筆者は2000年から本学での附属幼稚園園児の鑑賞を観察・分析しており、このことについて次のように考えている。保育者にとって鑑賞は、「幼児あるいは幼児たち」「作品(もの)」「保育者自身」とのつながりやかかわりを意識する活動であり、そうしながら幼児たちと作品をつなげる活動である。そこでは共感をベースに幼児との対話が展開していくため、保育者は子どもに共感する力と、自分の「みる・感じる・考える・きく・はなす」力を発揮している。だからこそ筆者が対話型鑑賞を体験したとき、こう思ったのである。保育者が対話型鑑賞を知り、そのナビゲーターの存在と役割を理解すれば、保育者とナビゲーターのかかわりの共通性を実感するのではないか。そして、保育者がナビゲーターのかかわり方を保育に活用するのではないかという可能性を強く感じたのである。
 以上のような経緯により、本研究では保育者と美術の世界(あるいは美術の場)を対話型鑑賞でつなぐことによって、幼児教育および保育現場における活動のあり方や、子どもへのかかわり方を保育者が再確認する契機となるよう、保育者向けの鑑賞の研修を企画・実践することにした。

 まず、筆者の対話型鑑賞体験から生じた保育への対話型鑑賞法の活用の可能性について、保育者はどのように受け止めるのか調査するため、岡山県内の保育者を対象として「保育における鑑賞についての意識調査」を行った。その結果を受け、2009年1月・5月の2回にわたり、保育者を対象とした鑑賞の研修を行うことにした。研修の第1弾は、「子ども、もの、自分との対話力を高める」というテーマに基づいた講演および、ワークショップである。研修の第2弾は、岡山県立美術館の協力を仰ぎ、「対話型鑑賞の魅力とその体験・自分の“みる”、“考える”、“話す”そして“きく”力に気づき、高める」というテーマで、鑑賞ゲームと対話型鑑賞の体験を行う予定にしている。

 本稿は2009年1月24日に開催した「保育者を対象とした鑑賞の研修」第1弾の内容に基づいている。そこで行った幼児の鑑賞活動のビデオ視聴、対話型鑑賞模擬トーク、幼児の鑑賞の追体験を通じて、研修に参加した保育者が幼児の鑑賞から何を得たか、明らかにしている。なお、本稿における「保育者」とは、幼稚園教諭と保育士の両方を指している。

Ⅱ 保育における鑑賞に関する意識調査実施概要


調査対象:岡山県内の幼稚園(156園)・保育所(244園)合計400園
調査対象園は岡山県内の幼稚園345園および認可保育所408園のうちから無作為抽出によって選定。
調査方法:郵送回答式調査
調査期間:2008年3月~4月
有効回答件数:幼稚園(72園)、保育所(88園)、合計160園(回収率:40%)
入力・集計:有限会社 シグマアシスト 高松市鬼無町鬼無810-3

Ⅲ 意識調査の結果および考察


 紙面の都合上、第1弾の研修を開くにあたり重要視した結果のみを記述する。
①保育現場での鑑賞活動の実際
まず、保育現場における鑑賞活動の実態把握を行った。図1にある1~12の内容の中から取り組みの経験がある活動を複数回答してもらった。1、2、3、7、8の活動には鑑賞する対象が示されている。これらはいずれも園や幼児にとって身近なものであることから、多くの保育者が取り組んだことのある鑑賞活動となったようである。逆に、5の伝統的な工芸品や手工品を見て楽しむこと、6の美術館等で芸術作品を鑑賞することなどは、保育活動の中ではあまりされていないことがうかがえる。このことから、保育現場における鑑賞対象は身近な物が多いということがわかる。
また、調査では7、8、9、10、11、12の活動のような、ただ見るだけではない多様な活動を選択肢として提示していた。これらの活動は図1にあるように取り組みの経験が多いもので90%以上、少ないものでも40%であった。このことから、幼児の鑑賞は見ることを中心としながら、鑑賞対象へのかかわり方が多様であることがわかった。

図2は、図1の結果を受け、1~12の鑑賞活動に取り組んだ理由の構成比をグラフ化したものである。取り組みの理由として上位のものは、ほとんどの活動で「子どもが好きな活動であること」と「活動の教育的効果」であった。しかし、図1と図2を比較検討したところ、「活動の教育的効果」を認めて多くの保育者に取り組まれている活動と、認めながらも取り組みの少ない活動があることがわかった。最も顕著にその特徴が示されたのは、「6.美術館等で芸術作品を鑑賞する」である。この活動は提示していた活動のうちで「子どもが好きな活動であること」が最も低い比率(33.3%)である。しかしながら、「活動の教育的効果」は76.7%、「方法や内容など、活動自体に魅力がある」は56.7%であり、これらの理由は1~12の活動の中で最も高い構成比となっている。このことから、活動に魅力を感じていながら実践経験の少ない美術館での作品鑑賞は、今後美的な保育活動を考える上で重視すべき活動として期待が持てるといえる。



一方で、1、2、4、5の活動は「保育者の個人的なことを活動に生かせる点」が他の活動に比べて
若干比率が高い。調査用紙上で「個人的なこと」については「感性や個人的な体験」という説明をしていた。これらの活動は、子どもの目に触れる環境を構成したり鑑賞対象を考えたりする際に、保育者個人の経験や感性が発揮されていることを示している。しかし、言い換えれば保育者個人の経験や感性によって活動が左右されるともいえるのである。
②幼児の鑑賞方法としての対話型鑑賞法の可能性
図3~図6は幼児の鑑賞方法として対話型鑑賞法の可能性を調査した結果である。
対話型鑑賞の進行役(ナビゲーター)と保育者のかかわりが似ていると思った保育者の比率は、「まあ似ている」47.5%と、「とても似ている」30.6%をあわせると78.1%であった。(図3)また、対話型鑑賞は保育における鑑賞方法として活用できると思った保育者の比率は、「まあ活用できる」46.3%と、「十分活用できる」32.5%をあわせると78.8%であった。(図4)そして、対話型鑑賞を保育でやってみたいかどうかでは、「やってみてもよい」が48.8%、「ぜひやってみたい」が17.5%、「実際に行っている」が6.3%であり、合わせて72.6%の保育者が、対話型鑑賞に関心を持っていることがわかる。(図5)
既に対話型で鑑賞活動を実践していると答えた保育者からは、対話型鑑賞法と普段の保育実践が似ているという指摘や、ナビゲーターと保育者の姿勢との共通性を指摘する内容があった。このほかに鑑賞から始まって作品作りやいろいろな活動に発展させているといった具体的な記述があった。



次に、「対話型鑑賞の進行役(ナビゲーター)と保育者のかかわりが似ているかどうか」と、「保育活動で対話型鑑賞をやってみたいかどうか」をクロス集計した結果、両者が「まあ似ている」と答えた保育者のうち80.3%が、保育における鑑賞法として対話型鑑賞法が「まあ活用できる」と答えていた。また、両者が「とても似ている」と答えた保育者のうち、85.7%が保育における鑑賞法として対話型鑑賞法が「十分活用できる」と答えていた。(図6)
このことから、ナビゲーターと保育者のかかわりが似ていると思っている保育者ほど、対話型鑑賞が保育活動に十分活用できると思っていることがわかった。
③保育活動として鑑賞活動を行うに当たって保育者は何を必要としているか
図7は鑑賞活動を行うに当たって感じている保育者のニーズを調べた結果である。



黒い棒グラフは保育者自身の向上や鑑賞の知識を得ることに関連した、保育者自身に必要だと感じている内容である。一方、斜線の棒グラフは、文化的環境設備等のハード面や、内容やサービスなどのソフト面の充実に関する内容である。図7より、黒い棒グラフの「5生活の中で自分自身の感性を生かすこと」、「6自分の感性を磨くこと」、「16子どもの発言や態度を受容したりする保育者の力量」の比率が高く、続いて、「1鑑賞指導に関する研究や研修の必要性」の比率が高いことがわかる。このことから、保育者は文化的環境の設備やサービスなどの充実を望むよりも、保育者自身を向上させ、知識を得たいと望んでいる保育者が非常に多いことがうかがえる。
調査を終えて、筆者が観察している園児の鑑賞以外でも、幼児の鑑賞活動は見るだけではなく、お互いに話したり、触ったり、まねしたり、見立てなど多様であることが確認できた。保育者が自分の感性を磨く必要性や、活動に関する知識を得たいと感じている結果からは、幼児の多様な鑑賞活動が展開するために必要と考えていることがうかがえる。また、保育者が対話型鑑賞と保育活動、ナビゲーターと保育者のかかわりの両方において類似性を認めていることが明らかになった。さらに鑑賞活動を行うにあたり、保育者の力量が必要と感じている人が多いという結果になった。これらの点については、保育は常に対話を伴うことや、保育者の力量によって子どもの思いを引き出したり、感じ取ったり、発言をまとめたりすることが関係していると思われる。保育と対話型鑑賞に類似性を感じている保育者だからこそ、鑑賞活動の際にも力量の必要性を感じている人が多いという結果には納得できるものがある。
以上、調査からは保育者が対話型鑑賞について知り、体験することで、ものや人と対話する保育者の感性に気づき、それを高めて保育実践に反映させられるのではないかという、筆者の体験に基づく実感を裏付けるデータが得られた。

Ⅳ 保育者を対象とした鑑賞の研修(第1弾)の実施



【研修テーマ】「子ども、もの、自分との対話力を高める」
【日時】2009年1月24日(土)13:30-16:00 
【場所】山陽学園短期大学110周年記念館 3階多目的ホール
【参加者】幼稚園教諭15名、保育士3名、元保育士1名、幼稚園および小学校教諭志望のS大学学生3名
【内容】
 ①講演「幼児の鑑賞とその援助
  ―ひとりで見る、みんなで見る、つながりをつくる保育者のかかわり―」講演者:鳥越亜矢
 ②幼児の鑑賞追体験ワークショップ―幼児の視野を体験できるチャイルドビジョンを装着しての活動―

Ⅴ 研修の様子および参加者の感想

前半の講演内容は次のとおりである。
①研修企画の経緯および、対話型鑑賞と幼児のコミュニケーションの関係に関する論述。②保育者を対象にした「保育における鑑賞についての意識調査」の結果報告。③園児の鑑賞と対話型鑑賞の比較。
③については、本学附属幼稚園園児の鑑賞の記録映像(写真1)の視聴と解説のあと、本研修の学生スタッフと参加者を交えて対話型鑑賞の模擬トーク(写真2)を行い、その2つを比較することとした。そしてビデオ映像中の幼稚園教諭のかかわりと対話型鑑賞のナビゲーターとの比較、また、研修参加者自身の子どもに対するかかわりとナビゲーターとの比較を行った。比較には、対話型鑑賞のナビゲーターの働きである「言語的18の働きと非言語的5つの働き」にもとづいた23のチェック項目からなるワークシート4)を使った。
23のチェック項目のうち、研修参加者22名の過半数がナビゲーターとの共通性を認めたビデオ映像中の幼稚園教諭のかかわりは次のとおりである。「1.開かれた質問」「2.思考のための助言」「3.発言の多様化」「4.対話のための焦点化」「5.話題の転換」「9.まとめ」「10.確認」「11.くりかえし」「13.付け足し」「14.発言の掘り下げ」「15.関心を示す」「16.ほめる」「17.同意」「19.優しいまなざし、ほほえみなどの穏やかな受容行動」「20.うなずき、ウインクなどはっきりとした動作を伴った受容行動」「21.アイ・コンタクト(視線をじっと合わせる)など穏やかな関心を示す行動」「22.身を乗り出して聞くなど、はっきりと関心を示す行動」「23.身振りで示すなど、発言を視覚化して強調する行動」の以上18項目であった。これらのうち1、2、3、10、11、15、16、17、19、20、21、23については、研修参加者も過半数が自分のかかわりと共通していると認めていた。研修参加者の普段のかかわりでナビゲーターとの共通性が最も低い項目は「6.揺さぶり」で、自分との共通性を認めた参加者は2名であった。この項目の働きは鑑賞者とは違う解釈をしたり、意外性のある指摘をすることである。幼児との共感をベースに対話を展開する保育者としては、この働きには共通性を感じにくかったものと推測される。

後半のワークショップの内容は次のとおりである。
①チャイルドビジョン5)の説明 ②幼児の鑑賞の追体験 (写真3) ③グループディスカッション
④グループごとに幼児の鑑賞追体験の結果を発表



②については、幼児の身長と同じくらいになって見ること、先に視聴した園児の鑑賞の映像と同様に作品の近くで見たり、遠くから見たりすることを参加者に促した。③および④については、話し合う項目として次のことを提示した。「チャイルドビジョン装着時の見え方や気分」、「チャイルドビジョンをつけて幼児と同じように鑑賞して得た、A:子どもに関する気づき、B:保育者に関する気づき、C:その他である。以下はグループディスカッションシートの内容をまとめたものである。

【A:子どもに関する気づき】
*大人との視野の違い:視野が狭い→周りや足元が見えにくい・隣に人がいても分からない→こわい・人にぶつかりやすい。上の方は何かあっても気づきにくく、だいぶ顔や首を上げないと見えない。
*視野の違いを感じて子どもの様子や行動の理由が分かった:子どもが首をキョロキョロさせるのは、そうやって周辺のことを把握しているからだと思った。子どもに何度言って聞かせても人の前をビューっと通ったりするのは、正面しか見えず前方に集中してしまうからだ。チャイルドビジョンを体験して、自閉症の子が興味のあるものを見つけて固まってしまうのが分かる。
*子どもが作品に触りたくなる気持ちが分かった:作品がキラキラしていたり立体的で子どもが触りたくなる気持ちが分かった。立体的だったり、子どもが興味を持つ素材は、子どもが感触を楽しむ経験が少ないので、その経験として体で感じとっているのだと思う。
*作品の見え方の特徴:子どもの目線に合わせて下から見ると、より立体的に見えて迫力が違った。
*子どもの見え方のメリットとデメリットに気づいた:視野が狭くなるが、集中しやすい。ひとつのことに集中するので細かいところまで見ることができる。大人はパッと見たら全てが見えるけれど、子どもの視野で見てみると次々に発見していく楽しみがある。

【B:保育者に関する気づき】
*鑑賞中における大人の助言の必要性や声かけの意味、仕方に気づいた:子どもは触りたい気持ちが強く、自分の見たいものを見ている。だから大人がほかのところにも気づかせたり、作品全体を見せたりする必要がある。そのためには子どもにいろんなことに気づかせるような指示の出し方をしなければいけない。また、一つずつ見ることができる保育者の助言の大切さを感じる。
*楽しい活動のために必要な保育者の誘導:絵を見ることに子どもが集中しすぎて、周りが見えなくなり、ぶつかるなどしていざこざが起こることもあり得るので、保育者や大人などの視野が広い人の誘導が大事である。

【C:その他】
*視聴した園児の鑑賞の様子:年齢の違いで鑑賞の仕方が異なり、発達の様子がよく出ている。
*大人の視野で考えて環境構成していることの反省:子どもとの目先の違いから、ロッカーの上においてある物で、子どもに壁面が見えなくなることがある。高いところに壁面装飾を作ると子どもには見えない。

【研修終了後のアンケート】
研修終了後に提出してもらった、参加者22名全員のアンケートを表1にまとめた。



 表1から次のことが明らかになった。チャイルドビジョンをつけ、幼児の背丈と同じになるよう目線を下げて作品鑑賞することによって、知識としては理解していたものの、幼児の視野の狭さを実感して驚いたこと。普段接している幼児の行動理由の解釈に結びついたこと。幼児の視界を考慮した大人の声かけや助言、環境構成の大切さを実感していること。研修に参加した保育者にとって対話型鑑賞を初めて知る機会となったこと。保育者は対話型鑑賞に非常に興味を示しており、保育や声かけで応用できると感じていること。練習すればナビゲーターができそうだと感じている保育者が多いこと。以上のことから、この研修が参加者にとって有意義なものであったことが確認された。

Ⅵ 総括と課題

本研究の目的は保育者を対象とした鑑賞の研修を行うことで、保育者と美術の世界(あるいは美術の場)を対話型鑑賞でつなぎ、幼児教育および保育現場における教育活動・保育活動のあり方や、保育者のかかわり方を再確認し、対話型鑑賞法を保育で活用する契機を提供することである。このたびの研修はその第1弾として、保育者が幼児の鑑賞を知り、子ども、もの、自分との対話力を高めるというテーマで行った。
第1弾の研修を行って実現できたことは次のことであった。①対話型鑑賞と保育者との出会い。②幼児の視野を体験しながら幼児の鑑賞を追体験することにより、作品(あるいは環境)が幼児にどのように捉えられているのか、保育者が体験的に理解できたこと。③鑑賞中において幼児に対する保育者のかかわりの意味やその重要性に保育者が気づいたこと。④対話型鑑賞が幼児の鑑賞や保育における幼児とのコミュニケーション方法として有効であると保育者が実感したこと。
しかし、まだ第1弾の研修を終了した段階では、保育者と美術の世界(あるいは美術の場)をつなぐという点で不十分である。また、参加した保育者には鑑賞作品と子どもとの対話を深めたり広げたりするための有効な手立てとして対話型鑑賞が認知されたものの、そのために必要となる自分と「もの(作品)」との対話力を高める状況には至ってない。これらの点を今後さらに多くの保育者に実感して高めてもらうかということが研修の第2弾に向けた課題である。


1)上野行一監修,『まなざしの共有 アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』,淡交社, 2001,p88の「表A 言語的18の働きと非言語的5つの働き」
2)鳥越亜矢,「対話で進む4歳児の鑑賞活動における保育者のかかわり―A.アレナスによる対話型美術館賞との比較―」,全国保育士養成協議会第45回研究大会研究発表論文集,pp.112-113および鳥越亜矢,「鑑賞における幼児と保育者とのかかわり」,日本美術教育学会学会誌「美術教育」,NO.290,pp.16-23
3)小田豊・芦田宏・門田理世 編著,「保育者ライブラリ 保育者の内容・方法を知る 保育者内容 言葉」,第3章 第1節 生田貞2003年,北大路書房,子pp.46-52
4)ワークシートについては、前掲書1)p88の「表A 言語的18の働きと非言語的5つの働き」に基づいて作成した。
5)チャイルドビジョンは、大人が子どもの視野を体験するためのメガネである。研修では蓮花一己監修の『トラフィック・パートナー 街の子どもたち』本田技研工業(株)発行の特別付録を下記よりダウンロードして使用した。
http://www.honda.co.jp/safetyinfo/kyt/partner/childvision.pdf

付記
 保育者を対象にしたアンケート調査および、ワークシートに関して、高知大学教育学部上野行一教授に「表A 言語的18の働きと非言語的5つの働き」の使用につきご快諾いただきましたこと、深謝いたします。また、岡山県立美術館ならびに、同館学芸課岡本裕子様には、このたびの研修につきまして深いご理解と多大なるご協力をいただきました。そして、いつも園児の鑑賞にご理解とご協力をいただいております山陽学園短期大学附属幼稚園の先生方並びに園児の皆様に感謝申し上げます。なお、本研究は研究名「岡山県内の保育者を対象とした鑑賞に関する意識調査および鑑賞の研修機会の提供」の一環で行っており、両備檉園記念財団より助成を受けています。