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更新日 2018-08-29 | 作成日 2018-07-27

第3回 美術鑑賞教育フォーラム

現代アートの鑑賞から学ぶ、
表現へのアプローチ

鈴木 斉(ひとし)

東京都羽村市立羽村第三中学校教諭

1.はじめに

 現代アートの表現素材や表現方法の多様性と、アーティストそれぞれのコンセプチュアルな展開は、創作活動を通した自由な自己表現の世界の幅広さと奥深さを我々に示してくれる。しかしながら一部では、取っ付きにくい、こむずかしい、解りづらい、と評価されがちでもある。
はたして中学校段階の生徒たちにとって、現代アートとは分かりづらいものなのであろうか?
小学校図工科で、その表現活動の中心に『造形遊び』の展開が据えられ、様々な素材体験と、ダイナミックな表現活動を経験してきた生徒たちにとっての現代アートは、さほど遠い世界のものではないように思える。実はもっと身近で、表現の喜びを直感的に感じることのできる世界なのかもしれない。むずかしいコンセプトは別にしても、その表現素材と表現手段は、多くの『造形遊び』の題材として取り上げられてきたことからも、そのことは裏打ちされるだろう。
ここでは、『造形遊び』を体験してきた生徒たちに、その延長線上の造形表現を展開していく中学美術としての題材の開発と、新たな領域の鑑賞材料の開発という両面にかかわるものとして、『現代アート』とのかかわり方を提案してみたい。

2.生徒の反応から

ここ数年、鑑賞の授業として、現代アートの祭典『越後妻有アートトリエンナーレ』の作品群と作者のコメントを聞くことのできるビデオを生徒に見せている。世界中のアーティストの、実に様々な表現活動を初めて目にしながら、最初は『こんなのがアートなの?』『でたらめみたい!』という否定的な反応をしていた生徒が、次第に『こんな表現してもいいんだ!』『おもしろそう!やってみたい!』という共感する感想へと眼に見えて変化していく。心の中で決め付けていたアートに対する固定観念が砕かれ、表現活動というものは『うまい、へた』でくくるものではなく、『独創性を発揮し、個人の主張を自由に表わすもの』なのだと気付き始めるのだ。
 生徒に、『自己の主張や考えを、アートを通して表現する』という表現行為の面白さを体感させたい。きっと、日常生活と美術との距離感がもっと身近なものとなり、美術に取り組む姿勢に変化が現れることに違いない。

3.美術部会研修・・越後へ

 2006年8月末、西多摩美術部会では、『第三回大地の芸術祭、越後妻有アートトリエンナーレ2006』を訪ねた。
 これは、新潟県の妻有地方、十日町市を中心とする旧六市町村の広範囲な農山村地域を舞台に、3年ごとに開かれる現代アートの祭典である。世界中から集まった現代アートのアーティストたちは、『人間は自然に内包される』というメインテーマの下、森や田園風景や部落の中に制作した作品を設置し、鑑賞者に自然とアートとの関係性を主張してきた。地域の人々と、国際的に有名なアーティストたちとの協働制作もあり、つまりこれは、アートによる地域再生、国際交流、村おこし、地域文化の伝達、環境問題の考察といった、さまざまな要素を含んだ芸術祭なのである。
 西多摩美術部会では、8年前にも第一回の祭典の跡を訪ね、関係者からその詳細を聞き、作品鑑賞をした経緯がある。
 6名の西多摩美術部員で訪問し、多くの作品に直に触れ、画像に記録し、自然とアートという命題について議論を交わしながら、授業に関係付けられるような教材発掘を試みた。
その中でも、多くの地域で実践されていた、地元の部落の方々が制作に協力した作品は、その大きさや圧倒的な数の迫力とともに、共同制作の教材としての魅力と可能性を我々に伝えてくれた。また、世界中のアーティストの様々な着目点やその制作視点とコンセプトは、新たな発想の授業の展開と、教材開発の枠の拡大の可能性をも示唆してくれたように思う。この研修が、現代アートの鑑賞教材資料の充実にも寄与したのは、言うまでもない。

4、現代アートにかかわる授業

先に述べたように、『現代アートの鑑賞は、表現するという行為の面白さを生徒に伝えるために有効な手段である』という視点から、前任校や羽村三中で、現代アートにかかわる授業の展開を進めてきた。その実践の流れを紹介してみたい。

⑴2年生での取り組み
●東京都現代美術館紹介ビデオの鑑賞…はじめて知る現代アートの世界
●夏休みの美術館見学…美術館の中のアートとの出会い,表現の多様性に驚く世界

⑵3年生での取り組み
●『ファーレ立川』制作ビデオの鑑賞…多様な表現方法とコンセプトの重要性
●『ファーレ立川』ウォッチング…現代アートを体感する場,パブリックアートとしての鑑賞
●2000越後妻有アートトリエンナーレのビデオ鑑賞…NHK日曜美術館から…自然と調和する現代アート
●感想文…現代アートの理解
●2006越後妻有アートトリエンナーレのビデオ鑑賞…NHK日曜美術館から
●『学校をアートで飾ろうプロジェクト』の展開…現代アートの理解を基にした生徒の発想による環境デザインの実践。
以上のような題材との取り組みを、年間計画の中に盛り込み実践してきた。

5.鑑賞から表現へ

作品やプロジェクトの鑑賞を通して現代アートへの理解を深め、『表現する』という行為の面白さに改めて気付き始めた生徒たちに、実際に表現する機会を設定してみた。

⑴『シルエットプロジェクト』の実践
     ・・・3年選択美術での取り組み
   校舎の様々な壁面に、実物大の動きのあるリアルなシルエットを貼り付け、日常の生活の場に、驚きと楽しさに満ちた非日常性な空間を生み出した。


⑵スズランテープを使った体育祭の装飾
     ・・・2年・3年の美術の授業
線織面の技法を活用して、『体育祭の会場を見渡す校舎の非常階段にテープを張り巡らせて模様を描く』という環境装飾のデザインとダイナミックな表現の実践。


⑶『学校をアートで飾ろうプロジェクト』
・・・3年後期の美術授業
これまで学んできた表現方法や技法を駆使して、生徒の発想によって学校環境を装飾しようという企画と実践。

⑷『15歳のエナジー』の実践
     ・・・3年卒業前の美術の授業
   巨大な黒い紙の上での、フィンガーペインティングによる共同制作。「15歳の鬱積したエネルギーを、画面の上に体を使って表現しよう」という試み。幅1m、長さ5.4mの画面を12枚制作し、各クラスの前の廊下の天井を飾った。

6.まとめ

現代アートの鑑賞を通して、生徒たちは様々なアーティストの表現の現場を垣間見る
ことができた。そこから、『自己の主張を持つことの重要性』、『それを表現することの喜び』、『多様な表現方法の容認』、などということを実感できたように思う。
『上手く描く、上手く創る』を目標とするような観念の呪縛から開放され、『描けない、作れない』という境地から脱出できることによって、『表現してみたい、伝えてみたい』という素朴な欲求が生まれた。結果、生徒たちは創作の喜びや充実感を深く味わうという経験を得ることができたように思う。そしてその意識変革は、今後の自己を創造し形成していく過程での、大きな力になると信じたい。

『自己を表現することの喜びを知る術として、現代アートの世界を知ることが、中学生にとって有効な手段と成り得る』と結論付けられるか、今後も実践研究を続けたい。